なぜ、松岡あつしは政治家を目指したか。

市議会議員になった理由について、以前インタビューを受けた月刊誌《世論時報》の記事より抜粋しました。是非、ご一読ください。



日本と世界を回る中で日本の良さを認識しました

Q.29歳で議員になられましたが 学生時代から政治に興味があったのですか?

私は家系には政治家は一切いませんでしたが、家には歴史の本がたくさんあり 、小中学生の頃は 、織田信長や三国志の本が好きでした 。当時の戦国大名は今で言うと政治家という位置付けだと思いますが、彼らがどういう人間だったのかどのようなことを考えていたのか興味がありました。
大学では政治学科に入学し、2年生の時に 、実物の政治家に会ってみたいなと漠然と感じたのを覚えています。実際に政治家にあってみたいと思い、学生秘書や国会でのアルバイトをさせてもらいました 。その中で政治家という働きたらき方があることを知り自分もいつかしてみたいなと漠然と感じたのを覚えています。

大学のゼミでは、国際政治の観点を中心に学ぶ中で、国外、特に近隣諸国との関係にフォーカスするようになり、自分の国だけの視点だけでなく、外からの視点も織り交ぜて自分の国、普段生活している政治活動により興味を深めていきました。

そのまま秘書になって、政治家を目指す道もありましたがそれでは視野が狭くなるなと感じたので、まずは世の中に出て修行することにしまし た。 学生時代から旅が好きで、大学生時代は、仲間達と自転車にお米とテントを積んで、日本各地を廻りました。日本は蛇口をひねるとどこでも安全な水が出るので、飯盒炊飯で炊いたお米にもやしとめんつゆをかけて食べたりといった貧乏旅行でした。色んな場所で、色んな方が声を掛けてくれて、家に泊めてくれたり 、御馳走して下さったり、北海道で は玉ねぎを山ほど頂いたり、人の人情味をたくさん感じました。

自転車で日本一周。
自転車で日本一周。

さらに、世界を見てみたいと思いバックパッカーになって海外のいろんな国を廻りましたが、そこで感じたものは日本の良さです。水がどこでも飲めて、電車が時間通りにきて、人を騙すような人はいない。なぜ日本はこんなに良い国なのかと考えたときに、今までの日本人が一所懸命頑張って働いてきたからだなと思い、働くことを応援する仕事ということで人材会社(パーソル)に入社しました。

オーストラリアパースでの留学多様な国の方と交流をしました
オーストラリアパースで
留学多様な国の方と交流をしました

仕事を通じて現場の声を届ける必要性を感じた

Q.いざ 、政治の道に進もうと思ったきっかけを教えて下さい 。

まず最初にリーマンショックが起き雇用に関しても様々な影響が出て私のお客様も大きな影響を受けたのを覚えています。
暫くして、派遣法の法律が改正され、派遣社員ができる仕事が減ってしまい、私が担当していた方々にいわゆる契約解除をしなければいけなくなりました。

毎日にようにお仕事がなくなってしまうことを告げるというのが私の仕事になりました。20代の私が人生の先輩である30~50代の方達にそういう話をしなければいけないことがこの上なく辛いことでした。「なんでこんな辛いことをしなきゃいけないんだ」と思ったときに意思決定の場に現場の声が届いていない、自分がその声を届ける役割を担うべきなのではと思いました。

同時に、桃下村塾という政治家志望や企業したい方向けの勉強会を立ち上げました。そういった志の高い方達と一緒にいることで自分の志を持ち続けることも目的の一つでした。その勉強会を通して、安倍さんや麻生さんとのご縁ができました。

安倍晋三前総理と高尾山登山
安倍晋三前総理と高尾山登山

旅が政治家の道を示してくれた

 自転車で全国を旅行した時に、福島の方にも非常にお世話になりましたが、震災後、福島の方々は散り散りになられて、その方とも連絡が付かなくなってしまいました。また、鹿児島の知覧にある特攻平和会館で、特攻に飛び立つ前の若者達の遺書を読み、彼らが家族を守るために戦ったことを知りました そんなことが一つひとつ重なって、「自分は何かやらなくてはいけない」と思い、明確に政治家を目指すことにしました。

Q.生まれは東京のお茶の水だそうですがなぜ小平市で出馬されたのですか?

たまたま小平市出身で元バレーボール選手の大林素子さんと懇意にさせて頂き、彼女が主演を務める特攻隊をテーマにした演劇を小平で上演することになり、その公演を企画したことがきっかけで小平との縁ができました。

特攻隊の演劇。小平市出身大林素子さん主演「Mother」を企画して小平市へご縁ができる

特攻隊の演劇。
小平市出身大林素子さん主演「Mother」を企画して
小平市へご縁ができました。

Q.地盤も何もないところから 2015年の選挙では小平市議会史上最多得票でトップ当選を果たされました。

会社も辞め、背水の陣で臨み、それまで民間で培ったマーケティングや営業ノウハウなどあらゆるものを全部つぎ込み、塾の仲間達の応援も借りて 、色んな力をおかりして全て投入しました。皆さんも「松岡を落とすな!」と全力で力を貸して下さいました。それが合わさった結果だと思います。

ジバン・カンバン・カバンは0。駅頭をひたすらしました。
ジバン・カンバン・カバンは0。
駅頭で市政改善を訴えました。
少しずつみなさまがご支援をしてくださいました。
みなさまが
ご支援をしてくださいました。


Q.2年間の市議経験を経て 、2017年に小平市長選挙に挑戦されました 。

現市長は民進党(当時)や共産党の推薦を受けて、市長を3期連続で務められていました。自民党系としては誰が出ても勝つのは難しいという状況でした が 、私の想いとしては、市民の皆様から税金をお預かりしている立場として、もっと目に見える成果を出せる市になりたいという思いが強くありましたた。

市長選挙へ。読売新聞記事抜粋。
市長選挙へ。読売新聞記事抜粋。


例えば 、福祉にお金を遣うこと自体は私も賛成でしたが 、その先のことまでは何も考えられていない、いわゆる街としてのビジョンやグランドデザイン( 全体構造)が無かった。市議時代に、私が議会でいろいろ提案してきましたが、どうにも現市長には積極的に動いて行く姿勢はないなと。
そういう姿勢であるならば ひとつ若い力に任せてもらって、街を良い意味で活気づけて、魅力ある街づくりをして行きたいと、挑戦を決めました。

市長選挙の記者会見の様子
市長選挙記者会見の様子
市内で演説。
市内で演説。
駅頭の活動は基本中の基本。
駅頭の活動は基本中の基本。

 

Q.なぜ 若者には街を活気づけられる力があるのでしょうか ?

若い人は、自分がその街にこれから何十年も住み続け、さらに自分の子ども達 のためにも良い街にしたいので、これからのことを真剣に考えます。
10年後の街を変えたければ、今から変えて行くしかありません。次の世代にどういう街を残して行きたいのか、また若者はどういうことを考えているのか 、現場の声を政治に届けてそれを形にするのは自分のミッションだと思っています。

政治家を目指して再びたち上がりました。
政治家を目指して再びたち上がりました。
たくさんのご声援本当にありがとうございます。
たくさんのご声援本当にありがとうございます。

1、安心安全なまちづくり
2、住んで楽しいまちづくり
3、働く機会のあるまちづくり
4、様々な人が活躍できるまちづくり

Q.将来のビジョンとして 、小平をどういう街にして行きたいと考えていますか?

小平は、東京都の都心部に見られる待機児童の問題もあれば、地方の持つ農業の課題もあり日本の課題が集約している街です。

近年、ICTやAI(人工知能)は急激に進んできています。ある研究では、10〜20年後には、日本人の49%の職業はなくなると言われています。民間企業も雇用に対しての課題はありますが、行政にもその波が来る可能性があります。

今まで人間がやってきた仕事がなくなる可能性があるわけです。その波を市として街としてどのようにポジティブに乗りこえていくかが求められてきます。小平市にはご高齢の方も多いので、介護用のAIの実証実験のばとして活用する可能性も考えられます。

現状、小平市は財政面で市民負担が増える傾向にあります。これを転換する必要があります。小平を稼げる街にする。その潜在能力が小平にはたくさんあるはずです。若い芽を育てる仕組みをつくってこれを伸ばす。福祉にも環境保護にもお金はかかります。その原資を確保するためにも産業育成とイノベーションを産める街づくりを目指していきたいです。

課題を一つ一つクリアにして行き、東京や日本、さらには世界にも小平をモデルタウンとして発信できるような街にしていきたいと思っています。

地方政治家の大先輩。菅総理に薫陶をいただきました。
地方政治家の大先輩。
菅総理に薫陶をいただきました。
地元衆議院議員 松本洋平経済産業副大臣とともに市民のみなさまのためにがんばります!
地元衆議院議員 松本洋平経済産業副大臣とともに
市民のみなさまのためにがんばります!

小平市議会議員としての想い

小平市に住み、住民の皆さまと交流する中で、より小平のために何かをしたいという想いも増えてき ております。(ほんとうに人間的に魅力的な方が多いです!)
実際に役所の中での活動よりも、住民の方を巻き込みながら、 様々なコミュニティの方々との交流をしながら政治活動に繋げていくというのが私の政治スタンスとして根付いてきたように思えます。

こだママフェスタ。子育て世帯向けのイベントを開催。
こだママフェスタ。子育て世帯向けのイベントを開催。
市民の力でつくりました。こだいらオクトーバーフェストを開催。二日で15,000人の方がご来場くださいました!
市民の力でつくりました。
こだいらオクトーバーフェストを発起。
二日で15,000人の方がご来場くださいました!
駅伝大会に出場。フルマラソンも三回出場!
駅伝大会に出場。フルマラソンも三回出場!
お祭りで地域を盛り上げます!

もちろん、現場から吸い上げた情報 、ご意見については政治に反映すべく議会での提言 、プロジェクトの推進はすることは大原則ですが 、原動力は日々接している小平市の住民の方からいただいております。

多くの方に講演会にはご参加いただきました。(新型コロナウィルス感染症前)
多くの方に後援会に
ご参加いただきました。
(新型コロナウィルス感染症前)

振り返ると学生時代から 、大志を抱き政治家を志してきましたが 、応援してくれる方たちにどうやって恩返しが出来るか、それを最大化できるか 、という想いをもって小平市議会議員の任を全うさせていただいくことが今の私の全てです。

常に緊張感を持って挑みます
常に緊張感を持って挑みます