読書会12.21 5日目 アラン 『幸福論』
読書会12.21 5日目 アラン 『幸福論』
今日も、読書会。まとめる時間がないので読書会での発表内容を投稿。三大幸福論と呼ばれる幸福についての本があります。ヒルティの『幸福論』(1891年)、アランの『幸福論』(1925年)、ラッセルの『幸福論』(1930年)です。今回はアランの『幸福論』を読みました。
まずアランが思う幸福とは何かを先に確認をします。それは、主体的である状態のことを指しているようです。
「人間の幸福は、自分で意志し、行動することそのものの中にしか存在しません。行動の種類は関係なく、その行動を自分が支配している限りは幸福であり、服従している限り不幸なのです。人間は与えられた楽しみには退屈し、むしろ自身の行動によって獲得される苦しみの方を選びます。」
この本はプロポと言われる詩で書かれていますが内容を、一言でいうのであれば「幸福だから笑うのではなく、笑うから幸福なのだ」であると思います。主体的に行動をすることで幸福をつくれると言うメッセージだとうけとめました。以下、気になった言葉を記載します。
●優れた哲学者は、情動に苦しむ者を解放するために、教室(思考)から彼を運動場(行動)へ連れ出すのです。
● 人生の最大の敵は自分自身。感情や情念に振り回されないようにする
●上機嫌でいることこれこそみんなの心を豊かにする、まず贈る人の心を豊かにする(後略)」「贈り合うことによって増えて行く宝である」と言っています。そして、たとえばレストランのボーイに「ひとこと、親切なことばを、心からの感謝のことばを言ってごらん」
●自分の意思で動く「何もしない人間はなんだって好きになれないのだ」「音楽を自分で演奏するよりも聴く方が好きな者がいるだろうか」「だれだって強いられた仕事は好きではない」が、「好きでやっている仕事は楽しみであり、もっと正確に言えば、幸福である」「戦いが自分の意志で行なわれるならば、困難な勝利ほど楽しいものはない」
●笑うから人は幸せになる幸福な人は、幸福だから笑っているわけではない。笑っているから、幸福になるのだ。ほほえみほどすばやく、しかもよく効く薬は、どんな名医も持ち合わせていないだろう。
● 社会は、何も要求しない人には、何一つ与えない。
● 頭を下げることや、ニコニコすることは、腹立ち・疑い・悲しみを不可能にするという長所がある。だからこそ社交や訪問、儀式や祝祭がいつでも喜ばれるのである。それは幸福を真似る機会である。そしてこの種の喜劇は、我々を確実に悲劇から解放するものだ。これは、つまらぬことではない。
●最も幸せなひとは最も行動する人である
● 私たちは、幸福になることを誓わねばなりません。なぜなら、幸福は意志によるものだからです。オプティミズムは、どんな時でも悲観主義や不幸に屈することなきよう、誓約を求めているのです。それに署名し、私たちは今日から、幸福になるよう努力せねばなりません。
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